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自宅療養を減らすことは、今からでもできる

「病床の不足」は避けられないことではなく、責任を取らない政府が引き起こした人災です。   必要だった は、そして今も必要なのは政治の決断です。中央政府が責任を引き受け、あらゆる手段を動員してコロナと 闘うことです。この記事は「野戦病院が必要」と書いていますが、コロナ上陸以来「専門病院の設置」は早くから指摘されていたことの一つにすぎません。やるべきだし、できることなのにやっていないことは、他にも数え切れません。 現実には、パンデミックが上陸したにもかかわらず、抜本的対策はこれまで取られていません。幸せか不幸か、アジアXファ クターが防護壁となり 感染確認者数が抑えられ、そのため政治の無策は隠されてきました。 ところが、デルタ株が防護壁Xファクターを乗り越えた途端、この政府は国民の「医療の権利」に応えることができない(あるいは応える意志がない) ことが明らかになっています。 コロナ上陸以来一年半以上が経過し、政府には緊急対策を取る十分な時間がありました。でも政府は今に至るまで責任に背を向けてきました。 マスク、医療機材、医療人員から始まって、なにかが足りなくなるたびに、政府は責任を自治体に責任を押し付けてきました。そして自治体は医療機関に丸投げし、福祉施設を放置してきました。専門家は「人流がすべての原因」「対策は個人が三密を避けること」と、パンデミックに取り組む医療体制の必要を覆い隠してきました。メディアは「今日の新規感染者数」を伝えても「今日の追加病床数」を報じることはありませんでした。 そんな中で、政府が積極的に動いたのはワクチン接種でした。ワクチン獲得があまりに遅かったため、他の先進国のようにワクチンはデルタ株上陸に間に合いませんでした。それでもワクチン接種キャンペーンは、政府が決断し責任を取れば不可能はないことを示しました。縦割り行政、平時の規制、民間を動員することの困難、全ては決断と国民の協力があれば可能なのです。当初人員の不足、施設の不足などが危惧されていましたが、政府の本気度がみえたからこそ、国民が応え問題を乗り越えていくことができたのです。 キャンペーンは成功しすぎて、政府のワクチンが追いつかない事態になったほどです。 世の中に遅すぎることはひとつもありません。早ければ早いほど犠牲が少ないだけです。メディアは「コントロール不能」と騒ぎ立てていますが、こう

アートの新しい楽しみ方が見つかった?

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アートの新しい楽しみ方に開眼、とはいかなくても「これいけるかも」と思わされた企画でした。 美術にアクセス!―多感覚鑑賞のすすめ 三重県立美術館   https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/5914 ふらっと立ち寄った展覧会でしたが、新しい感覚を刺激されました。 特に面白かったのは、柳原義達の彫刻に触れるコーナーで、像が見えないままに手で触れます。触感だけに集中して撫で回していると、盛り上がった箇所に力強さを、ザラついた部分に緊張を、柔らかく膨らんだ箇所にエロティシズムを感じるなど、不思議な体験をしました。 つい「目で見たらどんな形だろう」と探りそうになりますが、それではつまらない。触れて楽しんだり感動したりする「鑑賞」があってもいい。そう感じました。 一歩進んで、視覚ではなく触覚で鑑賞するアートがあったら楽しいだろうとも思いました(多分、そういう作家もいるのだと思います。今度調べてみます。 もう一つ興味深かったのは、元永定正の絵を嗅覚や聴覚を頼りに鑑賞する部屋でした。 (写真が見当たらずこちらのブログから拝借しました。勝手にすみません https://fmmie.jp/wp/yukaNakamura/2021/06/08/ 企画展『美術にアクセス!〜多感覚鑑賞のすすめ / ) 「音を連想して鑑賞」という指示でしたが、音だけでなく匂いや触覚など、視覚以外への刺激(連想)を頼りに向かい合うと今までにない感覚が湧き上がってきました。いつもだとわたし好みの作品ではないのですが、元永さん、すっかり好きになりました。 いつも視覚や意味的連想だけで「みた」つもりのわたしには、とても良い経験でした。 企画展の前半は、障害者などがアートにアクセスするのを「助ける」という感じが強い展示でしたが、後半の二つのコーナーにはもっと大きな可能性を感じました。

緊急事態宣言は必要か、それとも有害な愚策か

東京都と沖縄県は再び緊急事態宣言下におかれる。 急事態宣言は命を救うのに正しい政策なのか、それとも職を奪うだけで無意味な愚策なのか。 真実は両者の間にあるのだろう。どのレベルの感染者数で緊急宣言を出すかは、巧みなバランスを必要とする政策決定だ。そして「適切なバランス」は、結局の所どのくらいの数の病床を用意できるかにかかっている。 現実には多くの病床を用意できるほど、「医療崩壊」を遅らせ、したがって緊急事態宣言発出も遅らせることができる。 つまり同じ数を命を救うのに、病床数が多いほど、職を失う人々の数を減らすことができる。 残念ながら、この一年間に日本は重症者用に確保された病床数を2倍に増やしただけだ。(2020年6月から2021年6月まで)。重症者が20名を越すだけで医療崩壊に近づく自治体もある。https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/newpage_00023.html 諸外国と比べて一桁少ない感染確認者数で緊急事態宣言を出さざるを得ないのは、病床数が少ないままだからだ。 病床を増やせない理由は色々挙げられるが、制約はどの国にもある。日本だけが「緊急事態」にもかかわらず必要に応えられない原因は明らかだ。 「政治的意志の不足」だ。緊急事態下では、「下からの積み上げ」や「関係者の調整」では必要に応えられない。規制の見直しや利害調整を越える政治決定が求められる。 緊急事態宣言は生命を救う。そして病床数を増やせば増やすほど犠牲者は減り、経済的なダメージも低下する。 トップは専門家の陰に隠れず、全責任を負って病床の飛躍的増加をはかるべきだ。

新型コロナワクチン接種の優先順位について

   ワクチン接種がいよいよ現実味を帯びてきたので、接種の優先順位について考えてみました。 政府の発表した優先順位は次の3段階です。   https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html ①   新型コロナウイルス感染症患者等に頻繁に接する医療従事者等 ②   高齢者 ③   基礎疾患を有する方や高齢者施設等において利用者に直接接する職員 私は 高齢者(政府発表では ②です)と基礎疾患のある人 を第一にすべきだと思います。 その中でも介護を受ける人を最優先することが必要です。 仮にエボラのように致死率が高く、子供ばかりが死亡する病気だったらどうでしょうか。 誰よりもまず子供に接種するべきだと、誰もが思うでしょう。 幸いコロナは一般にはエボラ致死率は低いですが、高齢者と基礎疾患のある人に限れば、とても恐ろしい病です。まず彼らを守ることが最優先ではないでしょうか。 こうしたハイリスクの人たちへの接種が進めば、重症者と死者が劇的に減るはずです。これによって医療関係者の負担は大きく低下するでしょう。 なお、高齢者に基礎疾患のある人を加えた理由ははっきりしています。ともに感染したら重症化、死亡リスクが高いからです。若くても基礎疾患のある人を後回しにする理由はありません。 また介護を受ける人は、一段と脆弱なのに自分で命を守ることができません。誰よりも早く接種を受ける権利があると思います。 第二番目は医療関係者(政府の優先順位では①)とし、さらに 「感染者患者等に接する可能性のある」医療従事者プラス高齢者等の介護にあたる人(政府の優先順位では三番目) をここに加えるべきです。 理由は次の通りです。 まず、「接する可能性のある医療従事者」の幅を拡げないと医療界全般の協力が得られません。開業医、コロナを受け入れていない病院スタッフ、受け入れている病院の他病棟のスタッフも優先的に接種を受けるべきです。 ます開業医に接種しないと、コロナ対策に協力が得られません。 「感染したかな?」と不安になったら、私たちはかかりつけのお医者さんに行きます。多くは開業医です。開業医が感染を恐れていては相談に乗れません。 現在コロナ感染者を受け入れていない病院でも同じことが言えます。またこうした病院に感染者受け入れを求めるには、スタッフへ

奇妙な緊急事態宣言

 1月7日、菅首相は二度目の緊急事態宣言を宣言しました。私はテレビ中継を見ながら、とても奇妙な感じを持ちました。 それほど事態が切迫していると言いつつ、高齢者や基礎疾患のある人たちを守るために政府は何をするのか、全く触れなかったからです。 感染したら死亡する恐れがとても高く、これまでの死者のほとんどはこれらハイリスクの人たちです。宣言後のニュースでも、検査を受けられなかったり病院に拒否されて死亡したのは高齢者でした。 直接の犠牲者に無策の緊急事態宣言に、どれほどの意味があるのでしょうか。