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コロナはなんだかわかりません:(4)ガイドラインを出すなら金をだせ

前回の結論は、「感染拡大を防ぐ」のがコロナ対策のすべてではなく、いちばん大事なのは「死者を減らすこと」という点でした。感染拡大防止そのものが目的と言う人には気をつけましょう。それは本末転倒です。そして死者を減らすには、高齢者を含む感染弱者を守り切ることを最優先にしなければなりません。  次は感染弱者を守るにはどうするかを考えなければなりませんが、今回は少し脱線して個人の行動よりも、政策というか政府の姿勢への疑問を書いてみます。これは感染弱者を守るために政府がするべきこと(次回に書こうと考えています)に大いに関係してきます。    コロナ発生以来、政府はガイドラインを乱発しています。 病院も学校もサービス業、生産現場、どこにいようとなにかしようとすると大量のガイドラインを守らなければなりません。厚生労働省からのガイドラインに加え、地方自治体や業界団体のガイドラインもあります。  私達個人にも、いろんな「指示」がメディアを通じて降ってきます。三密を避けるから始まって、高齢者と食事するときはマスクを外さず、口に入れるときは素早くマスクを外すなど、お笑いのネタのような非現実的なものまで様々あります。さらに職場や学校に行けば、そこでのガイドラインを守らなければなりません。   現実には、公的支援なしのガイドライン押し付けは、政府の責任を放棄した「自己責任」政治です。 病院、施設から家族、個人に至るまで、ガイドラインを自力で徹底的に守るのは難しいのです。病院や保健施設はスタッフと器材の不足に苦しんでいます。緊急事態宣言期には医療用マスクすら十分に入手できませんでした。スタッフは今も過酷なストレスと長時間勤務に疲れ果てています。 高齢者や障害者施設では、ある意味でもっと深刻です。入所者は無防備です。医者も看護師もいない場合が多いのに、スタッフは彼らを集団感染のリスクからを守らなければなりません。  個人でも、高齢者と同居する家族は彼らへの感染をどう防ぐか頭を悩ませています。子供や若者は無症状でも感染している恐れがあるので、高齢者は怯えています。万一家族の一員が感染しても、軽症だと多くの場合入院をことわられ、大きな困難に直面します。 これらはほんの一例にすぎません。ガイドラインに書いてあることは間違っていませんが、施設や個人の力だけで実行するのは困難です。公的な支援が必要なの

コロナはどうなってるのか分かりません: (3) コロナ対策とは「感染拡大を防ぐ」ことではないはずだ

 「コロナはどうなってるのか]わからないので、頭を整理していましたが、超大型台風でいそがしくてパート3のアップが遅れました。とにかく情報が錯綜し、公表されている数字をどう解釈しても非合理的としか思えない「政府発表」がなされ、メディアがそれをオウム返しに報道しています。 こんな状態では、自分なりに情報を整理して、「エイヤ!」と状況判断をするしかありません。 そうでないと日常の行動から旅行まで、なにも選択することができないからです(だからといって明らかにおかしな政府の判断を鵜呑みにして行動するのはいやですから)。 そして、常に新しい情報を仕入れて、判断を更新、訂正していくことにします。 前回の結論は簡単です。 状況を判断するために死者数に注目することに決めました。 そして政府やメディアが騒ぎ立てている「感染者数」は無視することとしました。検査数があまりに少なく、また状況により検査対象が極端に偏るため全く信頼できません。それを使って信頼性のある数字を推測することも難しいと思います。 また「重症者数」も役に立たないことがわかりました。地域により軽症者や無症状の人までもカウントしていることが判明したからです。 死者数には「コロナによる死者数」を過小評価しているという批判があります。でもこれはまだ推測の域をでません。コロナが私達にとってどの程度脅威となっているかを知る基準としては、他の指標と比べてもっとも信頼できるのは死者数の動きです。 ここから今日の本題に入ります。結論から言うと、感染拡大を防ぐことよりも、感染弱者を守ることを最優先の目的に行動することにしました。 政府も自治体も専門家も、コロナ対策とは感染拡大の防止のことだと言い続けています。私達が一生懸命マスクをして三密を避けているのは、これに従って感染拡大を防ぐためです。それは間違っていると判断しました。 私は死者と重症者を増やさないことが最も大事だと判断しています。そしてそのために皆が行動すれば、結果的に暮らしや教育とコロナ対策を両立させることにもなると考えています。 コロナ対策のいちばん根本は、病気と死から自分と他の人々を守ることです。 コロナで苦しんだり死んだりするのは誰でもイヤです。感染者数全体を減らすのは、そのための手段に過ぎません。感染拡大を防ぐのが目的のように振る舞う人は、手段を目的と取り違えているか、故意

コロナはどうなってるのか分かりません:(2)緊急事態宣言期より深刻なのか?

  いろんな情報を取捨選択した結果、現在は緊急事態宣言期ほど深刻な事態ではないと、私は判断しています。その根拠は死者の数です。 死者の数だけで判断するのは乱暴ですね。でも色々検討するとほかに信頼できるデータがないので、現状では仕方がないと考えることにしました。 信頼できる数字がない最大の理由は、検査へのアクセスが日本では世界で類をみないほど制限され、しかも制限の仕方が時間的にも地理的にも一貫していないからです。そのため、検査で得られた数字はお互いに比較することがとても難しく、それを使って何かを判断することは、ほとんどできないと判断しました(統計の専門家の皆さん、何か裏技があったら教えてください)。 毎日、感染確認者の数が発表されていますが、ホントの感染者数の増減はわかっていないと私は思います。「感染確認者」数は、感染の広がりを示しているかのように扱われています。でも、無症状あるいは軽症の(そして重症なのに検査してもらえない)人がどのくらいいるかは、全くわかっていません。これまでの検査が数があまりに少なく対象が偏っているため、推定することができないのです。 検査対象の中で感染した人の比率(要請者比率)が意味があるかなと思って調べてみましたが、検査対象をどう絞るかで全く変わってしまうので、これも使えません。 そこで重症者と死者の数ならば、事態の推移を反映していると考えたのですが、重症者の定義が地域的にバラバラです。東京都が指摘するように「軽症でも ICU に収容されているというだけで重症者に分類されるのは間違っている」と思います(とは言え、東京都は従来の定義の重症者数を国に報告すべきです。そうでないとますます統計が無意味になります)。 というわけで、死者の数だけは、少なくとも他の数字よりは頼りになるだろうと考えました。 100 %確かかというとそうは言えません。ホントの死因がコロナなのに別の原因で死亡したと報告されているという説があるからです。確かにその可能性はあります。高齢者や他の病気で苦しんでいた人がなくなった場合、診断は難しいでしょうから。でも残念ながらその規模は全くわかりません。 とは言え、現実の世界では確実なデータで判断できることは稀です。「とりあえずこちらの方がまし」と考えて判断を下さないといけないことが多いです。特にコロナについては、まだほんの少しのことし

iPadのキーボードは有線接続が意外と使える

  ipadのキーボードは有線が楽ちん、という話です。 自宅以外で作業することが多くなるに従い、iPad proのお世話になる時間が増えています。性能上がってるのでメールとSNSチェック、文章書くだけならPCよりサクサクで使いやすいです。 仕事を引退してから、PCを使うほどややこしい仕事はほとんどしなくて済むようになったおかげでもあります。もちろん、いろんな資料を参照したり、表やグラフを書いたり貼り付けたりすることは、今でもあります。そんな時はデュアルモニターのPCを使います。 i Padのキーボードと言えば、純正のカバー一体型が定番です。しかし、実際に使ってみると、重いです。普段はタブレット単体で(家でも外でも)使いたいので、少しでも重いのは面倒です。おまけにキーが小さくて打ちやすいとは言えません。 そこで切り離して使えるBluetooth接続の単体のキーボードを色々試しましたが、結局古い有線キーボードが一番使いやすいということになりました。 私はたまたま店頭で見つけて試しに使ってみたのですが、Bluetooth よりずっと使い勝手が良いので驚きました。 有線ケーブルのメリットは沢山あります。 まずケーブルを差し込むだけで使えます。Bluetooth単体ものはすぐにつながらずにイライラすることがあります。パッとiPadを開いた時に接続が切れていて、改めて接続し直すのはとても面倒です。その点有線接続は確実で安定しています。 電力はiPadから供給されるので、充電は不要です。出先で充電切れという目に合わなくてすみます。 キーがデスクトップ並みに大きいのも、大きな魅力です。私は不器用で、キーボードが小さいと極端に効率が落ちるのです。そんなわたしにPC並みの大きさのキーはとても助かります。 長さはiPadよりやや長いのですが、重さが300g程度ととても軽いです。バックに放り込めば出先で使うのも不便はありません。 ライトニングケーブル接続iOS対応なので、もちろんiPhoneにも差し込むだけで使えます。 唯一のデメリットは、カバー一体型の純正に比べると、人前でキーボードを取り出し有線接続するのはスマートではありません。 というわけで、見た目さえ気にしなければ、有線キーボードおすすめです。製品は現在は店頭では見かけず、ネットで探して買うしかないようです。いいことづくめなのに、

コロナはどうなってるのか分かりません:(1)頭を整理して納得できる選択を

コロナをめぐる情報はとても混乱していて、私たちは何を信じて良いのか、どう行動すれば良いのか、困惑しています。 感染者数は緊急事態宣言期を大きく上回っています。自治体によっては独自の緊急事態宣言やそれに類するものを出し、移動や外出の自粛などを訴え、さらに一部の首長は連日メディアに登場して危機感をあらわにしています。実際、「自治体 A では感染者数が過去最高」「 B 病院ではクラスター発生」「運動部 C の寮でもクラスターが」と連日報道されています。 他方で、政府は税金の一部をばら撒いて GO TO キャンペーンを実施、観光旅行に行くよう国民を誘う一方で、旅行先で行動を自粛するよう呼び掛けたり、アクセルとブレーキを一緒に踏んでいるように見えます。 そんな中で、専門家には政治に左右されない灯台の役割を期待されます。でも、専門家は矛盾した指示や訴えを整理してくれません。全体像についてのコメントは人によって様々で、ひたすら国民の行動に細かい注文(それもどんどん細かくなります)をつけるだけです。お盆の帰省について「旅行自体は問題ありません」「帰省先でお年寄りと食事するときはマスクを外さず、口に入れる時だけ外しましょう」とか、専門家の指針は今や「シュールな」ものになりつつあります。 これでは、私たちはどう行動したら良いかわかりません。   頭の整理のために、これまで読んだ記事(やや専門的で私でもわかるものを含む)を私なりに比較して、矛盾するところは「エイや!」と判断してみようと思います。 不確実でも自分なりに「エイや!」と選択して生きてゆくのが、現実の人生です。間違った情報に飛びついて選択を誤るのは避けたいものです。 それから、判断の根拠となる数値を挙げたり参照データの出典を示したりはしません。これは第一に自分のためのメモなので、他人を説得するための論文ではないからです。 次のような順番で書いてみようと思っています。 1  緊急事態宣言期より事態は悪化しているのか 2   コロナと闘う目標は感染拡大を抑えることなのか 3  いま本当になすべきことは何か

コロナ感染第一波、医療を受ける権利は満たされたか

https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t344/202006/566040.html?n_cid=nbpnmo_mled 第一波で最大の問題は検査を受ける権利が蹂躙されたことでしょう。 検査のボトルネックが保健所だったことは広く知られていますが、その保健所の医師の証言がのった記事で、興味深い内容です。 これを読むと、原因がいくつか浮かび上がります: *感染が広がったにも関わらず、保健所の人的物的リソースが拡充されなかった *民間など、他のリソースを活用する努力がなされなかった *そのため保健所がボトルネックとなってしまった *保健所は(おそらくは厚労省のガイドラインにそって)、検査へのアクセスを絞ることでこれを解決しようとした。 つまり他の病気でないことがはっきりするまでは検査を行わなかった(最も簡単な感染者発見プロセスは、求められればまず検査をすることなのですが) 医療を受ける権利は、100%保障されるわけではありません。しかし国家と社会は権利を保障するために最大限の努力を払う義務があります。政治的には、政府がその責任を果たしたかが問題です。 第一波では、保健所のレベルで言えば、リソースの供給、民間などの活用による負荷の軽減が必要でしたが、それは果たされなかったし、政府がそのために努力した形跡が見られません。 中国で感染が拡大したのは12月、医療を受ける権利を国家が保障できない事態に至ったのは1月でした。それから日本で感染が本格化するまで、十分とは言えないが時間はありました。この間に政府が、やる気がなかったのか無能だったのか、いずれにせよ必要な努力を行わなかった用に見えます

緊急事態宣言解除後、暮らしが戻る決め手は 2 医療キャパシティ

感染症対応病床は、20年以上前から急速に減っており、集中治療室(ICU)も足りない。病床数は少ないが集中治療室が多いドイツとは対照的です。その結果、コロナ感染者を受け入れているのは、全病床の1.5%、2万5000床だけ(※1)です 緊急事態宣言がいよいよ全面解除となった。元の暮らしが戻ってくる決め手はなんだろうか。前回はその1として、当たり前だが感染者数をあげた。そしてその実数は検査数があまりに少ないために推測することもできず、政治的に決めることしかできない、そんなことを書いた。 暮らしの正常化にはもう一つの決め手がある。それは社会の持つ「医療キャパシティ」だ。国民にいつでも安心できる医療を提供できる能力のことだ。これを感染者数が越えると医療崩壊が起きると言われる。今回の危機にあっては、コロナ感染者にあてられる病床数、ICU他の医療機材、必要な人材などがこれにあたる。 日本の感染症対応病床は20年前から急速に削減されてきた。ICU(集中治療室)も同様だ。よく引き合いに出されるドイツは十分な病床やICUを普段から確保しており、今回の危機にあたっては周辺国から患者を受け入れるほどの余裕を見せている。日本の歴代政府に責任を負わせるのは難しいが、今後は危機に備えた医療キャパシティを確保することを政府の義務としなければいけない。これまでのような能力削減政策は許されなくなる。 さらに、医療キャパシティは常時備えるべきモノやヒトだけではない。危機に対応する能力が一層重要だ。 危機への対応能力には、柔軟に短期間にモノやヒトを調達する能力も含まれる。コロナ患者を受け入れる病院が戦場のように報道されるが、それ以外の病院や診療所は患者が来なくて経営を脅かされている。同じ病院内ですら、他の部署は閑散としている。コロナ患者を受け入れているのは、日本の前病床の1.5%に過ぎないという。日本の組織、制度はコロナのために人材、機材、病床を機動的に運用する能力に欠けている。 危機への対応能力には、人工呼吸器、医療用防具、検査キットなどを迅速に供給することも含まれる。そして日本はこれに欠けていることも暴露された。マスクですら輸入が止まれば国内で供給することができない。 こうした能力不足は、おそらくは過度の規制、個人や組織のイニシアティブ不足などによるものと思われるが、ある意味で常時蓄えておくべきモノ

緊急自体宣言終息後、暮らしが戻る決め手は 1. 感染者数は使えない

緊急事態宣言の終わりが見えてきた。 5月14日、39県で緊急事態宣言が解除され、残る8都道府県についても「31日を待つことなく解除」される見込みが高くなった。 とは言えこのままコロナが消え失せてしまう可能性はほとんどない。感染者数の再増加は避けられないだろう。 問題はまた人の移動と経済活動の制限が繰り返されるかどうかだ。 それは大きくいって二つの要因によって決まる。感染者数と医療キャパシティだ。 前者を知るのは、簡単なようで簡単ではない。 最も妥当な方法は統計的に有意な人数に対して無作為に検査を定期的に行うことだ。精度は低くても簡易な検査キットが開発されているので、技術的には難しくない。でもケチな政府がこれを実施するかどうかは疑わしい。 とは言っても、これまで行ってきた検査を増やせば感染者数が分かる訳ではない。これまで日本政府はPCR検査を抑制してきたので、政府発表の感染者数はとても少ない。今でも約束した検査数2万件を達成できていない。PCR検査を大幅に増やすことは望み薄だろう。 他方、大阪や東京は感染者数ではなく陽性率の推移を「アラート」の基準とすると言っているが、おかしな話だ。 陽性率は検査した人数で感染者数を割ったものだが、現状では 検査数を増やせば下がる。 周知のように、体調を崩して検査を望んでも検査までたどり着ける人はごく僅かだ。高熱が何日も続いて医者がコロナの恐れありと言い、さらに保健所が引き受けるま検査しない。検査にたどり着いた人の感染率は、検査を望む人全員を検査した場合よりはるかに高いだろう。逆に希望者全員を検査すれば要請率は自動的に下がる。 こんなものは基準にできるはずがない。悪意に考えると、東京都や大阪府は検査を拡大して陽性率を引き下げ、「事態は鎮静化した」というつもりなのか、あるいは検査を現状並みに抑制し続けるつもりなのか、どちらかだろう。どちらにしても陽性率は知事の政治的思惑で操作できる数字だ。 他方、政府は大規模な抗体検査を導入すると言っている。抗体検査の結果によって陽性率は意味がないと言い出すのかもしれない。 なぜそのように考えるのかを説明する。抗体検査は過去に感染しているかどうかを知る検査であり、隠れ感染者がどのくらいいるかがわかる。それは発表されている感染者数よりはるかに多くなるだろう。 ニューヨーク州の最新の抗体検査だと感染者数は全

沖縄のサンゴ礁を救うには新しいアプローチが必要

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朝の海を見てびっくり。広大な仲泊のサンゴ礁が褐色に染まっていました。5月6日早朝の豪雨で土砂が大量に流れ出し、はるか遠い岩礁に褐色の水が迫っていました。正面に見えるのはダイビングスポットとして有名な真栄田岬です。 浜辺に降りてみると、排水口近くはすでに土砂で覆われ、岩の表面を指で擦ると、分厚い粘土がこびりついて取れません。 雨が降るたびにサンゴ礁池には土砂が流れ込みます。干潮時にはすでに浜辺の4分の1が泥に覆われています。サンゴ礁池全体が土砂で埋まり、土色の干潟になるのは時間の問題でしょう。 ここから遠くない屋慶田の写真です。恩納村は沖縄本島で最も美しいサンゴ礁のエリアですが、このままでは多くの湾が屋慶田のようになるのは遠い先ではありません。 サンゴの死滅が赤土であることはわかっており、陸上では赤土流出防止の努力が払われていますが、それだけで十分でないのは明らかです。もっと抜本的な解決が必要です。 ハワイのNGOから興味深い方法を聞いたことがあります。排水口にパイプを取り付け、土砂を含む排水を直接外洋に流す方法です。これを沖縄に応用できるかどうかはわかりませんが、沖縄が革新的な対策を必要とする時期に来ているのは確かです。

検査拡大で露呈した医療のエゴとゼロサムゲーム

ようやく PCR 検査を拡大の動き 検査をようやく強化する方向に(あまりにゆっくりではあるが)、政治が動き出した。 相変わらずこれまでの責任を回避しながらとか、いろんなごまかしを孕みつつの転換で、それはそれで腹が立つけれど、それはここでは触れないことにしよう。 なぜか及び腰の医療関係者のコメント 検査数を増やす話になると、やたらに医療関係者が反対する。反対と言っても最初に「歓迎する」と言いつつ、そんなに増えたら 医療機関 がパンクするからゆっくりやれという、いわばホントは嫌なんだという感じのコメントだ。 一言でいうと、これは政府が医療に金を回さないという環境のもとで、医療関係者と市民が対立している構図だ。 市民はコロナかなと心配になれば検査してほしい。医者はそんなのまで相手にしていたら病院がパンクすると心配する。 解決は簡単で、医療に金を投じれば良い。医療機材、人員、施設など、時間はかかるがカネがあればいずれ解決する。 貧しい家庭では夫婦喧嘩が増える。夫婦のニーズが ゼロサム ゲームになるからだ。所得が増えれば多くの問題は解決する。これと同じだ。 厚労省 の規制も一因 多分もう一つ問題がありそうで、それは 厚生労働省 の規制だ。日本のお役所はなんでも規制する。特に医療は公的保険が絡むので役所が全て規制しないと気が済まない。 検査でも「保健所がパンク」とか「検査機関の能力を超えてる」とか「機器が不足」というが、保健所を通さないやり方はあるし、民間の検査機関もある。検査キットにはいろいろあるし、商売になるので世界中のメーカーが参入したがっている。そんなことはコロナ危機の初めから言われてるのに、役所が首を縦に振るまで何も動かない。 話が広がってしまうので、この規制問題もここではひとまず置いておこう。   ゼロサム ゲームの話に戻る。   与えられた環境に閉じこもる専門家会議 人間は皆自分の置かれた環境を変えようとは思わない。居心地がいいし環境を変えるのは大変だ。その環境の中で考え行動しようとする。専門家会議のメンバーは 医療機関 関係のものばかりだ。 彼らは病院や 医療機関 を守りたい、だから検査の拡大にずっと反対だった。「誰でも検査できるようになったら患者が増える」「そうしたら 医療崩壊 する」と言い続けてきた。そして「 医療崩壊 したら誰も見てやれん」と国民を脅して「

緊急事態宣言2は、ハイリスクな人たちファーストで

編 これまで一ヶ月間続いていた緊急事態宣言が、全国レベルでもう一ヶ月延長されました。   昨日の安倍首相の記者会見を見て、あと1月生き延びるにはどうするか、呆然としている人も多いと思います。 ハイリスクグループの一員として感じたのは、首相は私達のグループつまり入院している人、高齢施設あるいは 介護施設 に入所している人の不安には関心がないか、気がついてないということでした。死者の8割は高齢者であり、有病者を加えれば95%以上に上るでしょう。これを忘れて欲しくなかったので、残念です。   ハイリスクな人間にとっては、感染イコール死に直結するかもしれません。   その中でも一番怖いのはハイリスクでさらに自分を守れない人たちです。幸い私はそうではありませんが、自分が入院していたり施設に入所していたらどうだろうかと想像すると恐ろしいです。医者や介護スタッフに命を預けているのに、彼らが感染していたら、どうしようもありません。   実際、死者のうち少なくない人たちが施設や病院の集団感染の犠牲者です。集団感染の経過報告を読むと、これでは入院患者や入所者を守れるはずはないと思います。スタッフが発熱して4日間経ってから検査し、陽性と分かってから患者やのスタッフを検査しています。   千葉の障害者入所支援施設で95人の集団感染が発生した時、千葉県知事は「起きてはならないことが起きてしまった」と述べましたが、千葉でも全国でも、その後も集団感染が頻発しています。いずれの施設や病院でも現場の職員は感染予防に必死だったと言われており、問題は現場にではなく、政府の対応にあると思います。   政府はハイリスクな人々と彼らを支える人たち(これには有病者や高齢者と暮らす家族も含まれます)を全力で応援すべきです。定期的なそして優先的な検査、十分な資材と予算、そして人員の手配をぜひお願いしたい。   これは「 医療崩壊 」を避けることにもつながります。医療関係者が感染から守られ、重症者は大幅に減る(つまり病床に余裕ができる)からです。これによってリスクが低い人たちの活動規制を緩和することも容易になり、最もリスクの低い子供たちの学校再開も早まるでしょう。 コロナ対策は、ハイリスクな人たちをしっかり守ることを優先すべきです。

新コロナウイルスはグローバリゼーションを後退させるのか

新コロナウイルスはグローバリゼーションを後戻りさせるかもしれない。 ここ数日、人々は楽観論と悲観論の間で揺れ動いている。武漢の伝染はピークアウトしたのか?日本でもブレークアウトの兆しがあるのか? 先のことは誰もわからない。わかっているのは、新コロナウイルス以前と以後では、人々の行動、企業の経済活動がかわるということだ。そしてそれは80年代から拡大してきたグローバリゼーションにブレーキを掛け、ひょっとすると後戻りさせることになるかもしれない。 「観光爆発」はグローバリゼーションの流れのうち、大きな波の一つだ。10数年前に始まり、ここ3-4年日本にも強烈な影響が押し寄せている。世界の文化、経済、人の暮らしは観光爆発によって大きく変わりつつあった。 新コロナウイルスはその大波を暴力的にブロックし、押し返している。湖北省や中国全土からの旅行者の流れが国境でブロックされているだけでなく、汚染が及んでいない国の間も含めて海外旅行(そして国内旅行ですら)の流れが突然止まってしまった。 今後流行が沈静化しても、大規模な観光客の移動がもとの水準に戻るのかはわからない。例えば観光爆発の象徴であったクルーズ船観光は、今後しばらくは立ち直れないだろう。パラダイスの筈のクルーズ船が港に接岸したままの牢獄と仮し、あるいは入国拒否されて外洋を彷徨う有様をみては、人気を失うのは仕方のないところだ。 企業は「世界の工場」中国での生産活動停止を見て、今後のグローバル戦略を考え直しているだろう。生産拠点や部品の供給をできるだけ分散するのか、自国に閉じこもるのか。おそらくは後者を選択する企業が多いと思われる。 トランプ大統領誕生以降、グローバリゼーションはすでに一国主義へと後退しつつある。ポピュリスト指導者が乱立し、「自国ファースト」を連呼し、保護貿易と外国人追い出しを叫んでいる。 こうした環境の下、アウトブレイクへの恐怖は、「観光客嫌い」を煽り立て反グローバリゼーションの流れを加速することになりそうだ。