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社会保障は格差への怒りを鎮められるかー援助への影響は何か

http://www.social-protection.org/gimi/gess/NewYork.action?id=34# 今発展途上国ではどこも「社会保障」が重要な政策課題となっている。昨年9月には国連でGlobal Partnership for universa social protectionの会議が開かれたのは、そうした流れ をSDGsの中に取り込もうとしたものだろう。 新興国を筆頭に経済成長により、開発途上国の貧困は統計上は減ったが格差は広がり続け、不満はテロリズムが広がるほど高まっている。 途上国政府はこうした怒りを鎮めるために社会保障の整備を急いでいる。新興国も含めて社会保障は未整備な国が大半だからだ。 産業革命以降、急激な社会の変化と不安定化が一方でロシア革命を引き起こし、他方で社会不安を抑えるために社会保障が広がった。これと同じプロセスが構図が開発途上国で繰り返されているようにみえる。 世界的な社会保障整備の時代に、援助業界はどう対応すべきだろうか。考えてみよう: まず、援助は 世界の民衆をなだめなければならない。 民衆の怒りの広がりは国境を越え、先進国内部にもテロが広がっている。貧困対策は開発途上国の問題だと言ってはいられない。 とはいえ、貧困はもはや国際的再配分(援助)の課題ではなく、開発途上国の国内再配分の問題となりつつある。主役は開発途上国政府だ。 必要なのは社会保障を「万人」に届ける (universal)制度を早急に作ることだ。国のあちこちでドナーがスポット的にプロジェクトを実施しても、国民を安心させられないことは、これまでの経験から明らかだ。 こうした仮定が正しいなら、援助は変わらなければならない。援助の主な仕事は、社会保障の制度づくりを手伝うこと、政府が十分な社会保障費がひねり出せない場合は資金を提供することとなるだろう。 そのためには、ざっとみたところ、援助側には3つの変革が不可避となるだろう。 一つはプロジェクトを忘れることだ。行政支援といっても、ドナーがバラバラに短期的に介入し、プロジェクトが済んだあとは放ったらかしでも構わないという制度は変わらなければならない。プール資金を作り、これを利用して受取国政府が国際市場で専門家を調達するのが、もっとも効率

特区の呪い

特区はもともと腐敗を助長しやすい。実際に汚職やネポティズムを生むかどうかは別にして、それらを生みやすい制度だ。そこで特区のガバナンス悪化の誘惑を、「特区の呪い」と名付けてみた。 特区はどんな呪いもたらすのか、またそれはなぜなのか? 呪いの第一はネポティズム、つまり中央と地方の政治家が親族やお友達の便宜をはかることだ。政治家への働きかけるコネとカネがあるものが政治を左右するこれは民主主義制度の根本的欠陥の一つだと、政治経済学では指摘されている(加計学園グループの獣医学部設立では、この点が問題とされている)。 第二の呪いは汚職、つまり便宜をはかる見返りに政治家に利益の供与が行われることだ。 第三に民主主義の劣化だ。特区の選定や運営が不透明となり、(前川前事務次官の指摘はこの点に関連している)代議制に基づく民主主義が形骸化する。 第四に、経済を歪めるため経済全体の効率を損なう。このため規制緩和を主張する経済学者には、特区はあまり好まれない(第4点を説明すると長くなるので、以下の説明では触れない)。 もちろん、呪いは常に実現するとは限らない。世界的に見て、よく見られる特区は自由貿易特区や輸出産業特区だが、少なくとも、経済成長に寄与したとされる特区は少なくない(中国の特区がしばしば成功例として挙げられる)。 では呪いの原因はなんだろうか。つまり特区はなぜこうした問題を惹き起こす恐れがあるのか。その理由を考えてみた。 まず、特区は特権を少数の組織に配分する。ある地域、ある産業、場合によっては一企業に例外的な利益を与える。 少し長くなるがそ の理屈を、説明する。特区は規制緩和の「突破口」となると位置づけられている。 ちなみに、規制緩和が良しとされるのは、競争の導入により規制に守られた一部企業から特権的な利益を奪い、経済の効率を上げ、消費者の利益を増大させることが目的だ。 公的な説明によれば、全国的な規制を緩和するのは難しいので、狭い地域でのみ規制を緩和する特区が構想された。 結果的に、全国的規制は維持されるので、特区指定地域は特別の扱いを受けることになる。つまり地方自治体ないしは地方の企業グループは特別の利益を受けることになる。 今、企業グループ(複数の企業)と述べたが、地域が狭いため、特区は地域内の競争を促すよりも

スター・ウォーズはかつて「反革命」だった

スター・ウォーズ第一作は、世界的な政治的反抗と社会文化革命の時代の終わりを告げる、いわば「反革命と反動」の宣言ともいえる映画だった。  戦前から1950年代までのアメリカ映画は、商業的成功を目的とした消費財だった。ストーリーは単純で明るく、ハッピーエンドが約束され、主役には決して弾があたらず、悪役は理由などなく悪役であり、主人公が悪役を殺害する様子が華々しく描かれた。  映画に限って言えば、こうした「ハリウッド」型の映画はまずヨーロッパの若い監督に打ち砕かれた。既成の価値観に反抗する作家性の高い映画は、1950年代からはじまり、フランスのヌーベル・バーグで頂点に達し、その影響は60年代にはアメリカにもおよび、アメリカン・ニューシネマが台頭した。  「卒業」(1967)、「イージー・ライダー」(1969)などは初期の傑作として知られている。スター・ウォーズの作者ジョージ・ルーカス自身の処女作(「THX1138」)、出世作(「アメリカン・グラフィティ」)もニュー・シネマ色の強い作品だった。   ニュー・シネマには主役を引き立てるための悪役はいない。悪役(先住民はその代表だった)を射的のように撃ち殺す場面は見られなくなった。「小さな巨人」(1970)では、主人公は先住民として生きた白人であり、白人社会の欺瞞と残虐性、偽善が暴かれた。  スター・ウォーズ登場の前年にはニュー・シネマの傑作の一つ「タクシー・ドライバー」が制作されている。この映画はベトナム帰りの海兵隊員が殺人に傾斜していくストーリーで、カンヌでパルムドールを受賞した。  映画の革命によってハリウッドは葬り去られたと思われた。  ところが1977年に公開された「スター・ウォーズ」第一作は、反革命の狼煙を上げた。作風は1950年代までのハリウッド映画を忠実に再現し、そこにジェットコースターのスピードと優れたSFXを加えたものだった。その成功は、内省的なニューシ・ネマの終わりを宣告し、内省的芸術に対する商業娯楽の勝利と復権を記すものだった。  社会的にいっても、スター・ウォーズの登場は「反革命」の匂いが濃厚だった。ニュー・シネマの背景となったのは、アフリカ系アメリカ人の権利回復を目指した公民権運動、ベトナム反戦運動の影響のもとに、既存の価値観への懐疑と反抗だった。  スター・ウォ

世界開発報告2016は格差がテーマ

恒例の世界開発報告が世界銀行より公表されました。 Poverty and Shared Prosperity 2016, Taking on Inequality http://www.worldbank.org/en/publication/poverty-and-shared-prosperity 今年は注目が集まる格差問題がタイトルになってます。いつものように大量の報告書のサーベイが主張を支えています。 まだ6章まとめだけしか読んでませんが、とりあえずの報告です。 この中で貧困格差軽減の柱として世銀が取り上げたのは以下の五つです。 *幼児支援 *保健と教育 *条件付き現金移転 *地方インフラ *税制 このうち幼児支援(発達と栄養)、保健・教育はみなさんご推察の通り。 条件付き現金移転については、効果は確認済み、副作用は見られない、額が小さすぎるのとターゲティング改善が課題としています。アフリカでは制度的事情から無条件移転が半分近く、効果が劣っているとは言えないそうです。 地方インフラも格差是正効果は明らかで、特に地方道の必要性は実証済み、ただしサービス供給の充実と競争促進が伴うべきだと述べています。 税制については、やや抽象的でエビデンスが不足してる印象です。実施例が少ないのかもしれません。 日本は初めの二つ以外はあまり取り組んでない印象を受けます。ちゃんと調べたわけではないので、間違ってたら教えてください。 なお、「ナントカの政府報告に”取り組む”と書いてある」という指摘はご遠慮願います。開発の世界では、優先的事項として書いてあるけれど予算はほとんどつかない、実績もほとんどない、単にアリバイとして書き込んであることがたくさんあるからです。数字を上げてご教示ください。