専門家を信じるな

チュニジアから始まった革命がアラブ諸国に波及する過程は、専門家の見立ての誤りが暴露されていく過程でもあった。(以下、専門家というときはTVや新聞のコメント欄に現れる多数派の専門家を指す)。

そもそもチュニジア人の多数派は経済成長に満足し、失業者たちも強力な秘密警察のもとで声をあげることは不可能だと言われていた。ベン・アリが権力の座から逃亡する前日夜まで、政権の崩壊を予言した専門家はいなかった。

チュニジア革命のあと、専門家は「エジプトはチュニジアとは違う」とエジプト革命の可能性を否定した。

エジプト革命が現実化した後は、「湾岸諸国は王国だから、首相をすげ替えれば住む」と述べていたが、翌日にはバーレーンのデモが深刻化した。またシリアやリビアの特殊性を述べて、革命の可能性を遠ざけたが、これも翌日には覆された。

かれらは革命防衛隊の存在をあげて、イランには波及しないと述べていたが、どうなるだろうか。

こうした専門家の見立て違いの理由を考えてみよう。第一に、専門家が知識を持っているのは、公式の制度・組織であり、その効率性だ。民衆のエネルギーやダイナミックに立ち上がってくるネットワークは研究対象にならない。前者はデータがあるが、後者はないからだ。

第二に、あらゆる専門家は自分の専門が重要だと考える傾向がある。それが「飯の種」だから当然だ。したがって公式の制度・組織・政治のほうが、自分が分析対象としていない民衆よりも、強力だと考えがちだ。

第三に、あらゆる研究は過去の説明であり、現実と未来の分析には、無力とは言わないが、研究者が(そして第三者も)信じ込んでいるほどには有効ではない。

そもそも、激動期には全ての予測が不可能だ。大きな変化は過去の経路に依存せず、線形の発展はない。眠っていた未知の、しかも最大の社会的力が立ち上がるときだ。そのパワーがいかほどか、どちらに向かうかは誰にもわからない。

既存の組織は溶解し、ミクロの諸個人の、決定の複雑な総合から現れる。それは予測不可能だという点で市場に似ているが、個人は単に商品を選ぶのではなく、生存をかけた自己投機を迫られる。こうしたダイナミズムを分析し予測する方法はない。

専門家は知識を提供することができる。しかしかれら(あるいはわれわれ)に予測を期待するのはやめよう。

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